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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)13290号 判決

原告 佐藤達雄

〈ほか七名〉

右八名訴訟代理人弁護士 伊藤伴子

右八名訴訟復代理人弁護士 秦悟志

被告 野村不動産株式会社

右代表者代表取締役 若林法雄

右訴訟代理人弁護士 山岸良太

同 飯田隆

同 相原亮介

同 古曳正夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告佐藤達雄に対し金一二六万五〇〇〇円、同佐藤欣子に対し金一〇三万五〇〇〇円、同山川昇に対し金四〇〇万円、同牛膓幸雄に対し金一一五万円、同牛膓美紀子に対し金一一五万円、同渡部晃に対し金四一〇万円、同吉岡晴見に対し金一一五万円、同吉岡昭子に対し金一一五万円をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  売買契約の締結

原告らは、千葉県市川市南八幡四丁目一八番一八号「コープ野村本八幡」一号棟(以下「本件一号棟」という。)の各住戸を、被告からそれぞれ別表記載のとおり買い受けた(以下これを「本件売買契約」という。)。

2  保証義務違反

(一) 被告は、本件売買契約に際し、原告らに対し、左の各事実により、原告らの購入住戸について、南西面のみならず、南東面からの日照、採光、通風の享受を黙示的に保証した。

(1) 被告が「コープ野村本八幡」売出しの際に配布した図面集の間取り図、配置図・一階平面図、立面図によれば、原告らが購入した住戸には、南東面に二個の開口部がある。

(2) 右配置図・一階平面図には、本件一号棟の南東側隣接地(以下「本件隣接地」という。)は公共施設用地である旨が表示されていた。ところで「公共施設」ということばは、建造物を含まない趣旨のことばである(都市計画法四条一四項及び同法施行令一条の二参照)か、仮に含むとしても、建築物以外にも公園・道路・遊園地等を含む一般公衆の共同使用に供する施設という非常にばく然とした意味のことばである。

(3) 原告らが購入した住戸の価額は、

(ⅰ) 各階の最高値である。

(ⅱ) 南西面にしか開口部がない隣室に比して別表のとおり高値で、これは坪単位では約六・二から約七・三パーセント高いことになる。

(ⅲ) 南西面と北西面に開口部がある本件一号棟の同タイプの住戸と比較して、二階部分で一〇〇万円、四、五、六階部分で八〇万円高い。

(ⅳ) 北東面と南東面に開口部がある「コープ野村本八幡」二号棟(以下「本件二号棟」という。)の同タイプの住戸と比較して、各階とも、四〇〇万円前後の差がある。

(ⅴ) 南西面と南東面に開口部があり、しかもその南東側隣接地は公園用地となることが決定していて日照、採光、通風が確保されることが確定していた本件二号棟の同タイプの住戸と比較して、各階とも、一〇万円高い。なお、この一〇万円の差は、本件二号棟の南西側に本件一号棟があるため、眺望が阻害されることによる。

(二) ところが、昭和五五年になって、本件隣接地において、市川市が、鉄筋コンクリート五階建ての「保健センター」の建築工事に着手し、これを完成させた。その結果、原告らが購入した住戸は、冬至を基準とした場合、南東側開口部において左のとおりの日照阻害を受け、また、原告らが購入した住戸の南東側開口部からの採光、通風も全く失われた。

(1) 一階から四階部分については午前八時から午前一一時まで一〇〇パーセント、午前一二時まで約五〇パーセント

(2) 五階部分については、午前八時から午前一〇時まで一〇〇パーセント、午前一一時で約九〇パーセント、午前一二時で約五〇パーセント

(3) 六階部分については午前八時から午前九時において一〇〇パーセント、午前一〇時で約七五パーセント、午前一一時で約五〇パーセント、午前一二時で約三〇パーセント

3  説明義務違反

(一) 被告は、本件売買契約当時、本件隣接地に前記「保健センター」が建築されることを知っていたのであり、また、仮にそれを知らなかったとしても、昭和五四年三月には、右隣接地が、何らかの建造物の建築予定地であることを知っていた。それにもかかわらず、被告は、「コープ野村本八幡」売出しの際に配布した図面集の配置図・一階平面図において、本件隣接地につき、前記のとおり公共施設用地という表示をしたにすぎないのみならず、同年七月二一日の契約説明会においても原告らに対し本件隣接地に建造物が建つことを説明しなかった。

(二) そのため、原告らは、本件隣接地には建造物は建たないものと考えて、本件売買契約を締結した。

(三) ところが、前記のとおり、本件隣接地に前記「保健センター」が建ち、原告らが購入した住戸は、前記のとおり、日照阻害を受け、採光、通風も失われた。

4  損害

原告らが購入した住戸の価額は、別表記載のとおり、各々隣室よりも高く、この隣室との価格差は、原告らが購入した住戸について、南西面のみならず、南東面からの日照、採光、通風が確保されていることによるものであり、被告の保証義務違反ないし説明義務違反により、原告らは右差額に相当する損害を被った。

よって、原告らは、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、請求の趣旨記載の金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、別表(1)の原告佐藤欣子に関する部分及び別表(5)の原告吉岡昭子に関する部分は否認するが、その余は認める。

2  請求原因2について

(一) (一)について

(1) 冒頭の事実は否認する。

(2) (1)の事実は原告佐藤欣子、同吉岡昭子が各購入したとの点を除いて認める。ただし、開口部があるからといって直ちにそこからの日照、採光、通風が確保されるということはできない。開口部からの日照、採光、通風が確保されるか否かは、当該開口部の外部の状況が良好か否かによって定まるものである。

(3) (2)の事実のうち、配置図・一階平面図に本件隣接地は公共施設用地である旨表示されていることは認めるが、その余は否認する。「公共施設」ということばは建造物を含む概念であり、公共施設用地である旨の表示は、本件隣接地の利用いかんによっては、原告ら(ただし、原告佐藤欣子及び同吉岡昭子を除く。以下被告の認否中において同じ)が購入した住戸が南東面からの日照、採光、通風を享受することができなくなりうることを示していた。そのうえ、被告は、原告らに交付した物件説明書中に「本件物件の東側に隣接する土地(本件隣接地を指す。)は、市川市の公園その他公共施設用地としての利用が予定されておりますが、市川市においてその利用方法について決定がなされた場合、その決定を尊重し、当社および市川市に対し将来何ら異議申し立てを行わないことを承諾していただきます。」との記載をし、更に、これを原告らも出席していた本件売買契約に先立つ契約説明会において読み上げ、注意を喚起した。

(4) (3)について

(ⅰ) (ⅰ)の事実は認める。

(ⅱ) (ⅱ)の事実は認める。ただし、原告ら購入住戸の価格が隣室の価格よりも高いのは、(イ)原告ら購入住戸は建物の端であり、両側を住戸にはさまれた隣室に比較して生活騒音及びプライバシー確保の面で相当有利である、(ロ)原告ら購入住戸は、南西面のみならず南東面にも開口部があるが、隣室は南西面にしか開口部がなく、換気、通風、採光、開放感の各面で有利である、(ハ)右の南東面の開口部の作成に費用を要した、といった理由によるものである。

(ⅲ) (ⅲ)の事実は認みる。ただし、南西面と北西面に開口部がある本件一号棟の同タイプの住戸の価格が原告ら購入住戸の価格よりも低いのは、交通騒音が大きく、西日を受ける状況にあるためである。

(ⅳ) (ⅳ)の事実は認める。ただし、北東面と南東面に開口部がある本件二号棟の同タイプの住戸の価格が、原告ら購入住戸の価格よりも低いのは、右本件二号棟の同タイプの住戸はバルコニーの存する主要開口部が東向きに近いのに対し、原告ら購入住戸のそれは南向きに近いためと、右の本件二号棟の同タイプの住戸の北東面の開口部が嫌悪施設たる高圧送電線及び鉄塔に接近しているためである。

(ⅴ) (ⅴ)の事実のうち、原告ら購入住戸が南西面と南東面に開口部がある本件二号棟の同タイプの住戸と北較して各階とも一〇万円高いことは認めるが、その余は否認する。

(二) (二)の事実のうち、市川市が昭和五五年に本件隣接地において鉄筋コンクリート五階建ての「保健センター」の建築工事に着手しこれを完成させたことは認めるが、日照阻害については、不知。採光、通風が全く失われたことは否認する。

3  請求原因3について

(一) (一)の事実のうち、被告が「コープ野村本八幡」売出しの際に配布した図面集の配置図・一階平面図において本件隣接地につき公共施設用地という表示をしたことは認めるが、その余は否認する。被告が「保健センター」の建設計画を知ったのは、昭和五五年二月である。昭和五四年三月ないし本件売買契約締結時には、市川市はいまだ本件隣接地にどのような公共施設を設けるかを決定していなかったのであり、公共施設用地という表示は最も適切なものであった。

(二) (二)の事実は否認する。

(三) (三)の事実については、請求原因2の(二)の事実についての認否を引用する。

4  請求原因4の事実のうち、原告らが購入した住戸の価額が別表記載のとおり各々隣室よりも高いことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  売買契約の締結について

原告らのうち原告佐藤欣子及び同吉岡昭子を除く者が本件一号棟の各住戸を被告から別表記載のとおり買い受けたことは当事者間に争いがない。しかし、原告佐藤欣子及び同吉岡昭子が本件一号棟の住戸を被告から買い受けたと認めるに足りる証拠はない。したがって、原告佐藤欣子及び同吉岡昭子の各請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

二  保証義務違反について

1  被告が、本件売買契約に際し、原告ら(ただし、原告佐藤欣子及び同吉岡昭子を除く。以下二項及び三項において「原告ら」とは、原告らのうち、原告佐藤欣子及び同吉岡昭子を除いた者を指す。)が購入した住戸について、南西面のみならず、南東面からの日照、採光、通風の享受を黙示的に保証したか否かについて判断する。

(一)  被告が「コープ野村本八幡」売出しの際に配布した図面集の間取り図、配置図・一階平面図、立面図によれば、原告らが購入した住戸には南東面に二つの開口部があることは当事者間に争いがない。しかし、南東面に開口部があるからといって、直ちに、被告が南東面からの日照、採光、通風の享受を保証したということはできない。

(二)(1)  右配置図・一階平面図には本件隣接地は公共施設用地である旨表示されていることは当事者間に争いがなく、この争いがない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

(ⅰ) 被告は、「コープ野村本八幡」を売出すにあたり、当時空地になっていた本件隣接地が今後どのように利用されるのかを市川市に尋ねたところ、市川市では、本件隣接地に公共施設を造るということは決めていたものの、どのような施設を造るかという具体的な計画は定まっていないとのことであった。

(ⅱ) そこで、被告は、市川市の了解を得たうえ、「コープ野村本八幡」売出しの際に配布した図面集の配置図・一階平面図に本件隣接地を公共施設用地と表示し、また物件説明書中に、「本物件の東側に隣接する土地(本件隣接地を指す。)は、市川市の公園その他公共施設用地としての利用が予定されておりますが、市川市においてその利用方法について決定がなされた場合、この決定を尊重し、当社および市川市に対し将来何ら異議申し立てを行なわないことを承諾して頂きます。」と記載し、これらの書面を原告らを含む「コープ野村本八幡」購入希望者らに交付して注意を促すとともに、昭和五四年七月二一日に行われた契約説明会において、被告の係員が原告ら購入希望者に対して物件明細書の右記載事項を読み上げ、重ねてその周知、確認を図った。

(ⅲ) 右の「公共施設」ということばは、建造物を含む趣旨のことばとして用いるのが一般的な用法である。ただ、都市計画法においては、「公共施設」は、建造物を含まない趣旨のことばとして用いられているが、これは、同法の趣旨、目的に従ってことばの意味の範囲を限定したにすぎない。

(ⅳ) 原告らの中には、本件隣接地に建造物が建つのではないかと心配して被告の現地販売係員に尋ねた者や、被告本社や市川市に問い合わせたりした者もあった。

(2) 以上の事実からすると、被告は、本件売買契約締結に先立って、原告らに対し、本件隣接地に何らかの建造物が建つ可能性があることを示し、原告らもそのことを認識したうえで本件売買契約を締結したものと認められる。

《証拠判断省略》

(三)(1)  原告らが購入した住戸の価額は、各階の最高値であること、南西面にしか開口部がない隣室に比して別表のとおり高く、これは坪単位では約六・二から約七・三パーセント高いことになること、南西面と北西面に開口部がある本件一号棟の同タイプの住戸と比較して、二階部分で一〇〇万円、四、五、六階部分で八〇万円高いこと、北東面と南東面に開口部がある本件二号棟の同タイプの住戸と比較して、各階とも、四〇〇万円前後の差があること、南西面と南東面に開口部がある本件二号棟の同タイプの住戸と比較して、各階とも、一〇万円高いこと、以上の各事実は、当事者間に争いがない。

(2) 《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

(ⅰ) 一般にマンションの各住戸ごとの価格は、日照、採光、通風のみならず、生活騒音、プライバシー確保、開放感、交通騒音、西日の影響、嫌悪施設の有無、眺望等の諸般の要素を総合的に考慮して決定されるものである。

(ⅱ) 被告も、「コーポ野村本八幡」の各住戸の価格決定にあたっては、右の各要素を総合的に考慮して判断したものであり、原告らが購入した住戸とそれ以外の前記各住戸との前記価格差を決めるにあたっては、特に次のような点を考慮した。

(イ) 原告らが購入した住戸とその隣室とでは、①原告らが購入した住戸は端であるが、隣室は両側を住戸にはさまれており、原告らが購入した住戸は、生活騒音及びプライバシー確保の面で優れている、②原告らが購入した住戸は開口部が南西面及び南東面にあるが、隣室は南西面にしかなく、原告らが購入した住戸は、開放感などの面で優れている。

(ロ) 原告らが購入した住戸と南西面と北西面に開口部がある本件一号棟の同タイプの住戸とでは、①この同タイプの住戸は、その北西側に交通量の多い道路があり、原告らが購入した住戸より交通騒音が大きい、②この同タイプの住戸は西日の影響を受けるが、原告らが購入した住戸は西日の影響を受けない。

(ハ) 原告らが購入した住戸と北東面と南東面に開口部がある本件二号棟の同タイプの住戸とでは、①原告らが贈入した住戸はバルコニーの存する主要開口部が南西向きであるのに対し、右の本件二号棟の同タイプの住戸はバルコニーの存する主要開口部が東向きに近い、②右の本件二号棟の同タイプの住戸は、その北東面の開口部の近くに嫌悪施設たる高圧送電線及び鉄塔があるのに対し、原告らが購入した住戸は、その開口部の近くにこのような嫌悪施設がない。

(ニ) 原告らが購入した住戸と南西面と南東面に開口部がある本件二号棟の同タイプの住戸とでは、この本件二号棟の同タイプの住戸は、本件一号棟のために眺望が阻害されているが、原告らが購入した住戸はこのような眺望の阻害がない。

(ⅲ) 被告は、本件隣接地に具体的にどのような公共施設ができるか不明であったことを考慮し、そのような前提の下に、原告らが購入した住戸の価格決定を行った。また、本件二号棟の南東側に隣接する土地のうち、南西側半分は、被告が「コープ野村本八幡」を売出したころには、すでに公園となることが決定していたが、北東側半分については本件隣接地と同様に具体的にどのような公共施設ができるか不明であったため、被告は、南西面と南東面に開口部がある本件二号棟の同タイプの住戸の価格を決定するにあたって、右の公園になるということを特に考慮しなかった。

(3) 以上の事実からすると、原告らが購入した住戸の価格が、南東面からの日照、採光、通風を享受することができることを前提として決定されたものであると認めることはできない。

(四)  右(一)ないし(三)で述べたところからすると、被告が、本件売買契約締結に際し、原告らが購入した住戸について、南西面のみならず、南東面からの日照、採光、通風を黙示的に保証したと解することはできないものといわざるを得ない。

2  したがって、原告らの保証義務違反の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三  説明義務違反について

前記二の1の(二)の(1)で認定したとおり、被告は、「コープ野村本八幡」売出しの際には、本件隣接地の利用態様について、何らかの公共施設の用地として使用されるという極めて抽象的なことしか知らなかったと認められるのみならず、《証拠省略》によれば、被告が本件隣接地に「保健センター」が建築されるのを知ったのは昭和五五年二月であったと認められる。これらの事実からすると、前記二の1の(二)の(1)で認定したとおり、当時、被告が、原告らに対し、本件隣接地について、単に公共施設用地であるとの説明のみを行ったことは適切であったということができ、被告に説明義務違反があると解することはできない。

四  結論

よって、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 岩田嘉彦 森義之)

〈以下省略〉

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